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楽しかった!

2010.05.31.Mon.23:39
100528-1.jpg

当選しました!
28日、細川家の至宝展、特別講演会 「細川家 美と戦いの700年」
講師は細川護煕さん。

先日、展覧会会場にて、講演会の告知がありました。
実は4月に一度催されて、この時の入場券をめぐる倍率が9倍だったそうで
急遽、追加講演となったそうです。(入場は無料)

というわけで、早速応募、締め切り日の前日に往復はがきを投函。
見事、当選のお知らせが。

100528-2.jpg

28日は仕事の後、一度帰宅して、あやりんのあちゃんの就寝の準備をして
再度、出かけていきました。
開演10分前に会場に着くと、もうほとんど席は埋まって・・・

人前で話をするのは苦手で、なんておっしゃりながら始まったお話は
どれもこれもおもしろいエピソードばかりで、ぐいぐいと引きつけられました。
なんといっても、ご先祖様の話なのですから、非常に生々しく
信長、秀吉、家康やら、利休など歴史上の人物との
かかわりはリアリティに溢れていました。

細川家の代々伝わる品々は、奇跡的にもほとんどが残されているとのことです。
その量は膨大で内容を明らかにするには、とてつもない時間が必要とのこと。

幽斎、忠興親子の手紙だけでも4000通。
江戸時代などは、260年毎日日記を書いたそうで、
その日のお天気から始まり詳しく記録されているそうです。

赤穂浪士の討ち入りの日は、書物や歌舞伎等では雪が降っていた
とあるそうですが、実は日記によると、曇りだったとのこと。
また、討ち入りしたとき、吉良だとわかったのは、
着ていたものの香りが、位の高い人しか使うことが出来なかった
お香の匂いだったそうで、そのため吉良と判明したと、大石内蔵助が言っていたと、
日記に記されていた。


武蔵が出陣したのは、吉原の遊郭からで紅鹿子の裏の着物を着ていたと
、その事を「武蔵坊弁慶が出陣する」と噂が広がり、吉原中でその様子を
押すな押すなと人が集まったことなども書かれているそう。


また、護煕さんの祖父、護立は一代で幅広い美術品を収集したコレクターだった
わけですが、お住まいだった永青文庫の板戸に画家10人に一羽ずつ鳥の絵を描かせたそうです。
横山大観はフクロウの絵を描いたそうですが、その板戸、とても見たいものです。
誰がどんな鳥を選び、どんなふう描いたのか、興味津々です。


司馬遼太郎さんは、細川家の蔵によく籠もられていたとのこと。
そして、「細川家はどこを切り取っても大河ドラマだ」
なんておっしゃっていたそうです。

いや~実におもしろかったです。




100528-3.jpg
実はこの日、携帯の電池がなくなりそうで、一度帰宅したときに充電器に置いたまま
忘れて出かけてしまいました。
いつも都内から帰るときは、携帯でロマンスカーの特急券を買うのですが
それも出来ず、また、夜遅くまで満席状態。
新宿で立って待てば、急行なら必ず座れるものを、ええいと来ていた電車に飛び乗ったのは
良かったけれど、想像以上の満員電車となりスゴイ状態。
しかも、着物。

最寄りの駅についたときはへろへろ。
そして目に付いたのが鯛焼き。
ドラマ新参者に出てくる鯛焼きやさん、ドラマのプロデュースで期間限定の鯛焼き。
薄皮に醤油が塗ってあり、中はあんこに白玉が入っています。(上の鯛焼き)
甘じょっぱくて、なかなか美味しかったです。


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